高木夢人として生きる

みなさん、こんにちは!

1年でパデル日本代表を目指して活動している夢人/yumetoです!

3月24日に行われた、アジアカップ予選の記事はもうご覧いただけましたでしょうか??

【予選を勝ち上がり日本代表としてアジアカップに出場する】という目標を達成することはできませんでしたが、強豪相手にいい試合をすることができ、試合の中で沢山の学びを得たことは、とても良かったと思っています。

さて、その試合後に色んな方から言って頂いた『励ましの言葉』がありました。

有難いんだけど、嬉しくなかった。

嬉しくなかったは言い過ぎかな。

でも、テニスのことを思い出してしまって、もうあの頃には戻りたくないと思った瞬間があったのでした……


目次

  • テニスのおかげ
  • テニスは誰のため?
  • 自分の人生を生きる
  • パデルは純粋に楽しみたい

テニスのおかげ

小学4年生の頃

僕は、小学生の頃に当時仲が良かった友人の影響で、テニススクールに通うことになりました。

元々、野球が大好きだったので、テニスなのにどこまで遠くに飛ばすかを頑張っていた記憶があります。

そんな僕も、小学校の高学年の頃には、大会に出場するようになり、地元の大会では常にトップで、道東(北海道の東エリア)代表で北海道大会に出場するようになっていました。

いつの間にか、中学生の頃からは北海道代表として、全国大会に出場するようになっていました。

高校時代には、国際大会にも出場しました。

テニスを通じて、沢山の素晴らしい経過ができたことに感謝しかありません。

また、小さい頃から高校生や大人の方と練習をさせて頂いていたので、年上の方との交流する機会が多く、子供なりにコミュニケーションの取り方も学ぶことができました。

そのおかけで、幅広い年代の方々と関わることができているのだなと思います。


テニスは誰のため?

高校時代

色んなことを学ぶことができ、今でも感謝しかない僕の中でのテニスという存在ですが、正直楽しくも、面白くもありませんでした。

スポーツの中では、嫌いな方に入るかもしれません。

では、なんで続けていたのか。

それは、両親への恩返しのためです。

僕が優勝をした時、僕よりも喜んでくれていた両親。

僕が負けた時、僕よりも残念そうにしていた両親。

その姿を見る度に、もっと頑張ろう。

もっと上にいって、自慢の息子になろうと思っていました。

でも、ここで矛盾が生じるんですが、テニスの試合で【意地でも勝つ】と臨んだ試合は、過去に2試合しかありません。

全国中学生の北海道予選で優勝はできなかったものの準優勝をして全国への切符を獲得した時と、高校最後の年のインターハイ予選の団体戦で優勝をして全国を決めた時です。

高校時代のインターハイ、冬の選抜に関しては、全て全国大会に出場したり、冬の選抜の北海道大会でダブルス2連覇したり、数々の大会で優勝や良い成績を残すことはできましたが、勝つ事に執着はしていませんでした。

なぜか。

この理由が、僕がテニスをしていた大きな原因です。

それは、人を喜ばせること。

ありがたい事に、沢山のテニスプレーヤーや、ジュニア、保護者の方々が、僕の試合を観戦し、応援してくれていました。

ファンのように、毎試合追っかけをして、応援してくれていた人もいるくらいでした。

試合が終わった後に、その方々から「本当に夢人の試合は面白いね」と言われるのが、1番の幸せだったんです。

僕のテニスが、誰か1人にでも元気や勇気を与えたり、試合を見てくれている人の時間を楽しいものになればという思いで、試合に臨んでいました。

だから、もちろん負けるため試合をすることはないですが、勝ちにこだわることは少なかったんです。


自分の人生を生きる

関東リーグ終わりの一枚

大学に入ってからも、法政大学庭球部でテニスをすることを選択し、テニスを続けていましたが、自分の中でずっとモヤモヤしていたことは、【自分の人生を生きているのか?】ということ。

正直、続けていても楽しくはないテニスを、これからも我慢して続けるべきなのか?

でも、自分自身からテニスをなくしてしまうと、何も残らなくなるのではないか?

応援してくれていた人を悲しませ、自分からも離れていってしまうのではないか?

そんな不安があり、なかなかやめるという決断までは踏み込めませんでした。

しかし、大学2年生の頃に決心をし、法政大学庭球部を辞め、テニス選手としての活動を終える事にしました。

最後の決め手は、やっぱり両親。

僕は、小さい頃から沢山の習い事をやってきたのですが、やりたいと言い始めたのはいつも自分。

始めるときは快くなんでもやらせてくれる両親ですが、やめる時はかなり厳しい。

「なぜ、やめるのか。」

この説明がしっかりできないと、やめさせてくれませんでした。

「面倒くさいから」とかは、あり得ません。

テニスに関しても、過去に何度もやめたいと言った時もありました。

正直、ストレスでしかなかったし。

でも、なんだかんだやめることはなかったし、絶対やめさせてくれない両親がいました。

ただ、僕がやめる決心をしてから連絡をした時には、まるで全てを悟ってたかのように、「長い間、お疲れ様。」と。

その瞬間、涙が止まらなかったことを覚えています。


パデルは純粋に楽しみたい

テニスをやめてから、約6年が経ちました。

趣味の範囲でスノーボードやサーフィン、スキューバーダイビングやゴルフなど、定期的に体を動かしてはいたものの、あくまでも趣味程度。

体力も、筋肉もかなり落ちました。

増えたのは、脂肪だけ。

まさか、パデルというスポーツに出会い、日本代表を目指してもう一度頑張ろうと思うようになるなんて、誰よりも僕が思っていなかったことです。

パデルは、純粋に自分自身が楽しんでいます。

誰かのためにやっているわけではなく、ただただ僕のために。

僕の可能性を広げるために、やってます。

ただ、先週のアジアカップ予選の試合が終わった後に、僕の試合を見てくださっていた方々から、「夢人君のパデルは面白いね!見ていて楽しい!」と、言ってくださったときは、素直に嬉しいという気持ちと、パデルもいつかテニスのように自分のためというよりかは、応援してくれる周りの環境のためにする時が来るのかな?と、思った瞬間がありました。

とにかく今は、自分がやりたいように、楽しいパデルをやり続けること。

趣味の一つでもあり、自分の一つの武器であり。

日本代表になるのも、ただ目立ちたいとか、強くなりたいためだけじゃなく、自分の掲げるビジョンに対して必須の肩書かになると思ったから、目指している状況です。

だから、もちろんやるからには、”no.1″を目指していますが、僕がパデル業界で成し遂げたい軸はぶらさずに毎日精進していきたいと思います。

今回は、かなり長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました♪

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